おじさん

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「病院は駄目なんだ。頼む…」 脂汗を顔全体に浮かばせながらおじさんは訴えてきた。 この時初めて私はおじさんの顔を正面から見た。眉毛は薄く、おでこは少し禿げ上がっていて、輪郭はだるまみたいな形をしていた。 「救急車呼んだほうがいいですよ」 私は体を硬直させながら答えた。 「いや、これは…家に帰れば治るんだ。とにかく病院は…駄目なんだ…」 そう言うとおじさんは制服から手を放し、また胸を押さえてうずくまった。 帰れば治る?薬でもあるのだろうか。 どうしたものか。私はスマホを拾い上げ少し考えた。なにせこんな状況に出くわした事は無い。スマホからはオペレーターらしき女性の呼び掛けが聞こていた。 「痛い、痛い…」 必死に痛みに耐えるその背中を見ていると憐みの気持ちが湧いてきて見知らぬおじさんに対する警戒心なんかはどこかへ行ってしまった。 「どうしてほしいですか?」 聞いてみた。少しの沈黙の後、おじさんは右斜め前方の家を指さして言った。 「あれが…あの青い屋根の家まで連れて行ってくれ…」 若干色弱の気がある私には夕暮れの中で青い屋根を判別することはできなかったが、おじさんがどの家を指しているかは把握できた。30mもないだろう。 私はスマホに向かって「すみません、間違えました。」と一言言って通話を切り、おじさんの手を引いて立たせようとした。しかしどうやらおじさんは足に力が入らない様だった。 誰かを頼ろうと周囲を見渡したが誰も通りかからない。しかしここまで来て無視もできない。女の仕事ではない気がしたが仕方がないので肩を担ぐようにしておじさんを立たせ青い屋根らしき家へと連れて行くことにした。 短い距離だし何とかなるだろうとこの時は軽く考えた。まあ今思えば少し無茶だったわけだが。 おじさんは身長160cmていどで私と大して変わらず、何とか肩を担ぐことができたが、おじさんは体をがたがたと震わせ自分の体重をほとんど支えることができず、青い屋根の家に着くまでの30m足らずを移動する間に私の体は部活の時のように再び汗だくになっていた。
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