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少量だけど確かに美味しい夕食に、「あぁ、まだ生きていいんだ。」と小さな、けれど大きな幸せを噛みしめ、兄より先に居間を出た私は自室に戻る。
ガラス戸が開け放たれた長い廊下を歩けば、夏の生ぬるい風が私の黒髪をさらう。
時折視界に入るその黒髪からは兄たちと同じ香りが漂い、私は不意に眉間に皺を寄せる。
自分の部屋に戻り、襖を少しだけ開けたまま私は赤い絨毯の上に寝転ぶ。
机も本棚も寝具もない、赤い絨毯が敷かれただけの部屋。
明かりは部屋に灯る灯籠の暖かい光だけ。
一度起き上がり、唯一置かれている家具のクローゼットを開けて、中から黒い生地に裾の方に広がる赤い椿が描かれた着物の寝間着を取り出す。
私がここに来て与えられた物で一番高価な物。
兄と仲が良かった頃、兄が父様たちに内緒で買い与えてくれた。
長く着れるようにと大きいサイズで……。
中学校の制服を脱ぎ、寝間着に袖を通す。軽く紐を結び、少し開いた襖に頭を向け、再び寝転がる。
部屋の障子窓から月の光が入り込み、絨毯に転がる紙ふうせんや花札など、昔兄とよく遊んだ品々を照らす。
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