底なしの心地よさ

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底なしの心地よさ

 生温かい泥水はすでに腰のあたりにまで達し、膝に力を入れても、足はびくともしない。  時計を見ると、沼にはまってから二時間以上がたつ。日が落ちるまで、あと二時間。泥水に沈んで溺れるのが先か、それとも、獣に襲われて食い尽くされるのが先か。  密林に入りこんで五日目になる。夜ごと聞こえる獣の遠吠えは、日を経るほどに近づいてきた。ハンターである俺の臭いに気づいているのかもしれない――そんな風に考えながら、獲物を迎えうつのに最適の場所を探していた時だった。ふいに白樺の木々が途切れ、開けた草地が現れた。霧に反射した光がカーテンのように降り注いでいる。  ここなら、罠を仕掛けるのも、待ち伏せをするのも自由だ。こちらに有利な形で戦いを始められる。  人は、誰かを騙そうとしている時、自分が騙される可能性を考えないものだ。俺自身もまた、自分が罠に掛けられているなんて、考えもしなかった。だから、自分の体が重力に引き寄せられるままに地面にめり込み、枝の折れる音を聞き、ズボンに生温かい泥水が浸みこんできても、しばらくの間、自分の身に何が起きたのか分からなかった。     
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