モラトリアム

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「どうして。ネコちゃんのことなら、他にもペット可能な物件はあると思うよ」 「……そのフレンチトーストが美味しそうだから」 「それは有難きお言葉」  恭しく礼をする乾太郎に、わざと膨れた顔を見せてやった。  本当は、乾太郎の言う通り、この部屋を出たほうが良いはずだと分かっている。  しかし、何か奇妙なものが――それこそ『縁』のようなものが、この部屋にはあると告げている。  あやかしが大切にする縁を、月も大事にしてみたいと思っていた。乾太郎との縁を、だ。彼には初めて会った時から、不思議な縁があるように思えた。  テーブルに置かれた白い皿の上に、蜂蜜がたっぷりとかけられたフレンチトーストが乗っている。卵色の大地に焦げ目がキャラメル色に映えていて、とても美味しそうだ。 「ほんと……悔しいくらい料理がおいしいんだもん」  フォークとナイフで一口大に切り取って、口に運ぶと、甘く柔らかいパンが、舌の上で蕩けていく。  寝ぼけていた頭が、甘味でしゃきっと冴えていく。  乾太郎の料理の腕なら、いっそ飲食店をやったほうが稼げるのではないかとも思った。『あやかしインベスティゲーション』も好きではあるが。     
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