酒呑童子の依頼

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 本当にここがマヨヒガの上階ならば、乾太郎との約束を破ってしまったことになる。望んでやってきたわけではないが、あれほど乾太郎が厳しい態度で忠告したことを考えると、乾太郎に申し訳ないと思わざるを得ない。  男が、大きな衾の前で止まった。  月も、ドキとして、汗を垂らす。 「酒呑童子様、例の娘を連れてまいりました」 「入れ」  衾の奥から、また別の男の声がした。  その声を聴いただけで、只者ではないと分かる。ぞくりとする悪寒が走り抜け、月は身体が固くなるのを実感する程だった。緊張から、呼吸が乱れる。  男が衾を開くと、月に中に入るように促した。  月は警戒しながら、中を覗き、ゆっくりと奥に歩を進めた。  その部屋は広く、旅館の宴会専用の部屋のように見えた。おそらく大人が三十人居ても、余裕があるだろう広々とした空間は、様々な調度品で埋め尽くされている。  金銀財宝、珊瑚に鎧兜、日本刀や面、豪華な家具や絵画、掛け軸と、古物商が見たら興奮に我を忘れるのではないかという時代を感じさせる宝の数々だ。  そんな部屋の奥に、どっかりと腰を下ろしている赤髪の男がいた。  着物の胸元を大きく開き、逞しい胸板が覗いている。群青色の着物と袴には黄金の刺繍で、なにやら奇怪な文様を描いている。 「こっちに来い」 「……」  酒呑童子と言ったか。と、月は内心考えていた。     
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