あやかし恋慕

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 本当にそうすることが、自分が生まれて来た意味だと信じているのだ。何も後悔はないし、寧ろ、そうしたいと願っていた。 「なりそこないのあたしを、この子は、護ってくれた。生まれたことや生きることに、意味なんかなくてもいいんだって、教えてくれたみたいでした」 「……本当にいいのか」 「はい」  笑みすら浮かべて、『自分』は、頷いた。 (そうだ、これ……)  忘れていた何かが、そこにはあった。  これはただの夢じゃない。多分、これは――。 「オレにできないことを、お前はできるんだ」  乾太郎が、『自分』の手を握りしめて、頭を垂れた。まるでその姿は、自分に対して、敬意を示すようだった。  事実、乾太郎は『自分』のことを、敬ってくれているのだろう。震える乾太郎の手は、熱く感謝を訴えていた。 「オレは、お前を誇りに思う」 「もったいないお言葉です」  満ち足りた気分だった。これほどまでに幸せな瞬間は、一度もなかった。  光に包まれ、世界が溶けていく。強い力を感じて、導かれていく。  ――そして、目が覚めた。夢は、終わった。自室のベッドで眠っていた。どうやら、本当にあれから乾太郎がベッドの上に運んでくれたのだろう。  頬に涙が伝っていた。  それは、昨日の夕日の中、流れた涙と同じものだと月には分かった。     
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