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一時間ほど、それで放置されてから、やっと山田が手形を持って来た。小さな手帳でそれはまさにパスポートという印象のものだ。
「これであたしも、ここで生活できるんですか? お店も?」
「うん、できるよ。今開いているのは、一階の三十四番の部屋だね。一〇三四。わかる?」
「たぶん」
手形を受け取りながら、こくんと山田の確認に頷き返し、空亡は自分の居場所を手に入れられたことを静かに喜んでいた。
「何か商売をするつもりなら、どんな仕事するのかあらかじめここに連絡してね」
「分かりました」
空亡は、早く一〇三四の部屋が見たくて、山田に素早くペコペコとお辞儀を繰り返して、あやかし協会の事務所から立ち去った。
はやる気持ちが足取りに出て、てって、てって、と駆けていくと、一階の奥にその部屋はあった。
衾を開くと、とても小さな六畳くらいの和室だ。箪笥にちゃぶ台、座布団。奥には押入れと、障子の付いた窓がある。
マヨヒガの中では狭い部類の部屋だが、新米の空亡には十分だった。
「わぁっ」
感激の声が思わず零れ出て、畳の上でぴょんぴょんと跳ねまわった。はしたなくもはしゃぎまわってしまったので、短いスカートから下着が少しチラチラしていたが、ここは自分だけの部屋、そんなことを気にしなくてもいいのだ。
「ここから、あたしのあやかし生活が始まるんだー!」
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