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大きな飛燕の腕は、簡単に月の腕をねじ切ってしまうほどの力を持っているだろう。ここで、本当に襲われたら、月は抵抗もできずに、されるがままとなるのは簡単に想像できた。
「でも、寝首をかかれて負けたのが、あんたよ。酒呑童子」
「……」
「私を抱くつもりなら、毎晩殺される覚悟をしなさい」
酒呑童子はその酒好きを利用され、毒酒を飲まされ、寝ているところを首を撥ねられたのだ。
月とて、ただやられるつもりなんてない。もし、この鬼が自分を手籠めにするというのなら、その晩、首をきりおとしてやるくらいの覚悟はあった。
剛毅にも言い放った月に、そっと身を引いた飛燕は、距離を取り、月を真っすぐに覗き込んで来た。赤い瞳がルビーのように美しいのは、夕日を浴びているせいだろうか。
凶悪な鬼というには、美しさすら魅せる飛燕のかんばせは、孤高の男が持つ、洗練された強さが浮かび上がっている。
「マジで気に入った」
「……え」
「いいぜ、教えてやる。そのうえで、俺はお前を嫁にしたい」
「な、何言ってんの?」
「だから、空亡のことを教えてやるって言ってんだよ」
「……どういう気持ちの変化なの?」
不意に、飛燕の雰囲気がどこか剥がれ落ちたように感じた月は、肘に力を込めていたのを抜いて、少しだけ安心していた。
月の質問に、飛燕は答えず、やはりニタリと笑みを浮かべて、月を面白そうに見ているだけだった。
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