頂門の一針

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 もう一人、酒呑童子の部屋に飛び込んで来た男が居た。特徴的な声の持ち主は、疫病神の蔵馬だった。その後ろには、奈和が付き添っていた。  どうやら、奈和が、二人に今回のことを知らせたようだった。恐らく、月のことを案じてだろう。  それを耳にした乾太郎はまさに文字通り、飛んできたということか。この酒呑童子という格上のあやかしの根城へと。月を助けるために。 「おうおう、今日は珍しく千客万来だな。どいつもこいつも、この女が可愛いと見える」 「乾太郎、落ち着いて! ここに来たのは、私が決めたことなの。空亡のことを知りたかっただけなの! ごめんなさいっ」  月はきつく抱きしめる乾太郎に、涙を浮かべて訴えていた。  ここに来ることを、乾太郎は禁じていた。それを月は破って、やってきたのだ。彼から嫌われてしまっても仕方ない裏切りをしたのだ。  しかし、それでも、月は空亡のことを知らずにはいられなかった。空亡そのものが、恋い焦がれる乾太郎に繋がっていると気が付いたからだ。  好きだと想った人のため、月の行動は矛盾に満ちながらも、複雑に絡み合う心がもがいた結果が生んだ、今であった。それがどれほど、乾太郎を苦しめる事態に繋がるのか月はきちんと分かっていなかった。     
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