例えば君がオレを忘れていても

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 窺うように訊ねた月に、乾太郎と蔵馬は目を合わせた。そして、乾太郎は月を正面に見据え、真摯なまなざしを向ける。 「話は――色々と絡み合う。オレは、十年ほど昔、空亡と会話をして別れた程度の間柄だったが――その数か月後マヨヒガから空亡が追放されたことを知った。オレの心の中は、ろくによく知りもしない生まれたばかりのあやかしである空亡を哀れんだ。自分でも奇妙な程に、あのあやかしに惹かれるものがあったんだ」 「……一目惚れしたってこと?」 「一目惚れ……?」  月の言葉に、乾太郎は自分でも驚いたような顔をしていた。一目惚れをしたと言われ、自分の中の記憶と向き合った時、その符号のよさに感心するような感覚だった。 「……どうかな。相手は幼いあやかしだった。惚れるというより、庇護の対象のような想いがあったよ。父性を刺激されたって感じかな」  乾太郎は、弱々しい笑顔を浮かべてそんな風に言った。  その笑顔は、薄氷のようで、儚い。 「オレはその時、ちょっとばかり疲れていてね。多くの人間の堕落を見て来たから、純粋な気持ちで前向きに生きようとしている若い意思に感化されたのはあると思う。ともかく、オレは空亡に逢いたいと願っていた。しかし、酒呑童子がくだらない自尊心を護るため、彼女を追放したんだ。それがオレには我慢ならなかった」     
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