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乾太郎が今にも食って掛かりそうな表情をしていたので、月はひとまず、場の空気が冷えたことで安心した。
「俺は、べちゃべちゃくっちゃべるのは好きじゃねえ。俺に喧嘩を売りに来たんなら、さっさとやろうぜ。貧乏神のォ」
「オレも、お前の顔を見ているだけで踏み潰したくなる。だけど……、まずお前にきちんと聞いておきたいことがある。空亡の真実を、調査するために」
「あやかしインベスティゲーションの仕事ってわけか?」
「そうよ。あやかしのための調査員。依頼主は、他でもないあんた」
「俺だと? 俺からの依頼はどうでもいいって言っただろうが。百鬼夜行絵巻の調査はお前の中の空亡を刺激させるための方便だ」
ずい、と上体を前に乗り出して、紅い瞳で月を覗き込んでくる飛燕は、挑発的な態度が消えていた。
やはり、飛燕は空亡のことに関して触れる時、ふざけた態度を消し、真面目な顔を見せる。それはきっと、彼の本音が、空亡のことを知りたがっているという証拠になると、月は思った。
「あんたの本当の依頼は、空亡の調査だったんでしょ。空亡……つまり、私自身の調査」
「…………」
飛燕は沈黙を続けたが、それこそが立派な返事だった。軽口を叩かず、笑みを消し、刃のような鈍い煌めきを持つ目で、月を見つめてくる。
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