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―――朝から降り続く糸の様な雨
傘を差すのも面倒なほど、中途半端な雨
仕事を終え、家路を急ぐ人の波に逆らいながら私はこの街で一番にぎやかな繁華街へと急ぐ。
濡れた路面に映る瞬くネオンが滲みながら色を変えて私の行く路を照らしている。
私は小さな旅行会社で企画の仕事をしてるどこにでも居るごく平凡な24歳のOL。
―――でも、それは私の昼間の顔。
そう……私には、人には言えない秘密がある。夜になれば嫌でも偽りの仮面を被り別人にならなきゃいけない。でもそれも、今日で終わりだ。
狭い路地を入り、古びたマンションの一室に辿り着くと、いつも私は目を固く閉じ大きく息を吐く。
このドアを開けるのは、毎回、抵抗がある。それでもこのドアを開けなければならない理由があるから……
―――カチャ……
夜だというのに、なぜか挨拶は「おはようございます」だ。
「もう~リリカちゃん、遅いじゃない。最後の日なんだから気合入れて頑張ってもらわないと……ご指名きてるわよ。すぐ行ってね」
少し焦った声で私にメモを渡してきたのは、この部屋の主。"ママさん"と呼ばれている中年女性。
本名など……知らない……。そして彼女もまた、私の本名を知らない。
今、ここに居る私は澤田莉羅ではなく"リリカ"だ。
「あ……はい」
「ご希望の衣装はそこに出してあるから」
「……分かりました」
くたびれた紙袋を手に取ると私はもう一度、大きく息を吐き部屋を後にした。
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