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わたしはなぜ、今ザックに荷物を詰めているのだろう。なぜ、行きたくない山へ行く準備をしているのだろう。
大学時代からの先輩、大沢真衣子から誘いの電話があったのは1ヶ月前だ。
「晶(あきら)、唐松岳に行こう」
「また山ですか?真衣子さん、もうわたし山は行かないって前にも・・・」
真衣子は、ちょくちょくわたしを山に誘う。わたしも以前は山に登っていたこともあった。だけど、もう、やめたのだ。今回もまた断ろうとしたとき、真衣子が言った。
「巧が待ってるから」
一瞬、こころがこわばるのを感じる。何を言ってるんだ。そんなはずないじゃないか。
「真衣子さん、もうわたしのことは構わないで」
巧に会えるはずがない。わかりきっていることだ。「晶、8月2日に行きたいの。お願い。一緒に来てほしい」
8月2日・・・。わたしが忘れたくても忘れられない日。それは真衣子にとっても同じはずだ。真衣子のどこか切羽詰まったような勢いにわたしは折れるしかなかった。
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