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唐松岳の小屋が見えてきた。今日はここに泊まってのんびり過ごそうというのが今回の計画だ。
「頂上は明日でいいよね」
真っ先に小屋に入ろうとしたわたしに真衣子は、
「なに言ってるの?こんなにいい天気、今日登らなきゃもったいないよ。行くよ」
わたしのザックを引っ張って、そのまま歩き出した。休憩したかったのに。言い出せずに、わたしも渋々着いて行く。
そして、20分後。着いた。やっと頂上。
「今日は眺め、最高だね。」
わたしは360度の景色を見渡す。胸が押しつぶされるような感覚がよみがえる。そんなわたしに、真衣子が南西の方向を指差してこう言った。
「見て、晶。あれが劔岳。巧が最後に登った山よ」
目の前の山は、その険しい尾根をまとって誇らしげにそびえ立っていた。わたしの心がざわざわとかき乱されていく。目の前が真っ暗になって行く。
そう、巧は3年前のちょうど今日、劔岳で死んだ。天候が荒れたにもかかわらず、山行を強行し、そして滑落した、らしい。あの巧がそんな無謀なことをするなんて信じられなかったが、詳しいことはわからなかった。事件性はなく、パーティを組んだ巧の友人は、巧が足を滑らせたんだ、お互い必死だったからあまりよく覚えてないとしか言わなかったと聞いた。そして、ほとぼりが冷めた頃、音信不通になってしまったとも。
表情も変えずにそんなことを言う真衣子に、わたしは怒りを募らせた。
「そんなものを見せたくて、真衣子さんはわたしをここへ連れてきたの?真衣子さんには、わたしの気持ちなんてわかんないよ!こんなとこ、来るんじゃなかった」
言ってはいけないことを言ってしまったのはわかっていた。彼女には彼女なりのつらさがある。真衣子にとって、巧は弟なのだ。
でも、わたしのそんな言葉にも、真衣子は少しも気にしていないような顔をして話し続けた。
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