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西穂に行ったあと、自分が情けなくて打ちひしがれたわたしは、もっともっと歩けるように巧に内緒で体力作りに励んだのだ。あの壮大な山に登らせてもらうのに、こんな体力のないわたしが行くのは山に失礼だ、そんなふうに感じてしまった。山が嫌いになったのではなく、山が好きになったから、山を登るためのもっと自信をつけたかった。巧に負担をかけたくない。巧と同じ目線で歩きたい。そして、あの素晴らしい景色をまた2人で見たい。
1から始めるつもりで、近くの里山へ何度も連れて行ってもらった。行くたびに装備のこと、地形図の読み方、技術の習得の仕方、わからないことはすべて巧みに教えてもらった。そして、いよいよ本格的な夏山へ行こうと話をしていた頃に、あの事故が起こった。
「晶さ、巧が死んでから、山、登ってないでしょ。独りで行く自信はないにしても、私が誘ってもぜったい行かないって言うし。わかるよ。山が巧を奪ったんだって私も思うときある。でも、たぶん、巧は今でも山が好きだと思うよ。あの子は山に生きてる。お願いだから、会いにきてあげて」
巧がわたしと同じことを思っていてくれていたことを今初めて知って、こころの中を支配していたわだかまりがどんどん溶け出していくのを感じていた。
わたしは水晶岳を見つめる。ここからじゃキラキラしてるなんてわかんないよ。なんで、つれてってくれる前にいなくなっちゃったのよ。一緒に行きたかったよ。
水晶岳がどんどんぼやけて見えなくなる。いつの間にか、わたしの目からは涙があふれて止まらなくなっていた。
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