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倫理の木原先生の声は、とても緩やかで抑揚がなくてなんとも眠気を誘ってくる。
現にまだ受験の気配も感じられない我がクラスの大半が机に突っ伏して撃沈している――その、数少ない、起きている真面目な生徒の中の一人。
目の前、数センチ先の前の席の菅原(かんばら)くんが少し右側に体を傾けたのが分かった。恐らく頬杖をついたのだと分かる。
私はどうしたものかと思案する。これは伝えたほうがいいのか否か。そう、真面目な菅原くんに。いや、……。
真面目な生徒は首元にキスマークなんて、つけないだろう。
私は面倒になってきた思考を放置し、教科書をパラパラと手持ち無沙汰に眺めた。プラトンのシュンポシオン――餐(きょう)宴(えん)。ふと目を止めたその項目に視線を滑らせる。
中編の中のアリストパネスの演説。大昔、人間は男男、女女、男女(両性具有)の三種類の性を持っていたが、神の怒りを買ってそれぞれが半々に分けられてしまった。よってそれ以来片割れを求めて恋愛をするのだと。
倫理ってなんでこうもまあカタカナ多いの? 苛立ちを覚えてそのページをすっとばして今木原先生が進めているところ辺りまでページをめくり、ふと、何か憑き物が落ちたような感覚になる。
合点が入ったというべきか、今まであった違和感に納得がいったというか……詰まる所の私はとにかく、菅原君にそれとなく、後ろの席だからこそ気づけたそのキスマークについて進言することにして――隣の席で爆睡決め込んでいる重野(しげの)を睨んだのだった。
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