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「お母さん、おはよう。……うわっ、今日も顔色酷いよ。大丈夫? ちゃんと眠れてる……?」
リビングに下りてくるなり、娘の美和は今日子のやつれぶりに声を上げた。毎朝見ている母親の顔に、今日はいつにも増して濃い疲労が浮かんでいる。
「大丈夫よ。ほら、お弁当準備出来てるから早くご飯食べちゃいなさい。今日は少し遅いわよ。遅刻しちゃうわ……」
美和を急かす声にもかつての覇気がない。あんなに快活だった美和の母。美和は、気付かれないように嘆息してトーストに手を伸ばす。
元々美和の母親は美しかった。美和を二十三歳で生んだ事もあって、同級生の間では『美和の美人ママ』というあだ名で呼ばれていた。周りには五十歳を超えた母親を持つ同級生も少なくなかったから、まだ四十歳という若い母親は美和の自慢でもあった。
その美しかった母親が、たった三ヶ月で見る影もなく老け込んでしまった。原因は、父親の死だ。
自殺だった。経営する会社が入るビルの屋上から飛び降りて自殺した。即死だった。遺書は付箋に残された、たった一言だけ。
『悪い、先に行く』
……あんまりじゃないかと、美和も思う。仕事人間だった父親とは、最近ではあまり口もきかなかった。
でも美和も母親も父親を大切に思っていた。家族はうまくいっていると思っていた。なのに突然いなくなって。残した言葉もまるで薄っぺら。家族ってそんなものだったんだろうか。目の前の疲れきった母親の姿に、美和は違うはずだ、と強く反発する。
お父さんは酷い。お母さんを苦しませて。生きてる時だって亭主関白だった。その上めちゃくちゃな死に方でお母さんを弱らせて。
こんなのって絶対におかしいはずよ。お母さんは、もうお父さんを忘れなくちゃいけない。
美しかった母親が、以前の輝きを取り戻す日は来るのだろうか。
ダイニングテーブルに座ったまま船を漕ぎ出してしまった母親の肩に、ソファに置きっぱなしだったカーディガンをかける。
カラーを怠ってちらほらと白髪が見え始めたその髪の毛を無意識に撫でてから、美和は鞄を手にして学校へと向かう。
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