ちぐさ

36/119
305人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ
 私がお姉ちゃんのマンションで生活をするようになっても,学校が終わった後に図書館に篭もるのは変わらなかった。  これまで通っていた図書館は遠くなってしまったため,近くのより近代的で新しい図書館に通うようになった。しかしそこはこれまでのような席はなく,学習室を除いて全体的に開放的で大きなフカフカした椅子と半個室しかなく長居するには居心地の悪いところだった。  ちぐさも度々現れたのだが,居心地が悪そうで顔を出してもすぐにどこかに消えてしまった。図書館のなかをパタパタと走る足音が時々聞こえたが,ほんの一瞬,赤い靴が見えたかと思うとすぐに気配がなくなった。  しばらくの間,この新しい居心地の悪い図書館に通っていた。そんなある日,よく図書館の敷地内では見るがどこで本を読んでいるのかわからない女の子を目撃した。洋服や雰囲気から大学生らしく,彼女の明るい茶髪は遠くからでも目立っていた。 『あれ……いつも見る茶髪の子が隣の建物に入って行く……それに,いつも一緒にいる人達も……』  どこの図書館にも同じような雰囲気の住人がいることがわかり,彼らが隣にある図書館の古い別館の地下にある学生が使わない光の入らない風通しの悪い部屋で本を読んでいるのを知った。明るい茶髪の女の子は大学生らしく,そのなかでは異質な存在だった。私も時々図書館で見るのだが,いつもどこで勉強しているのかわからなかった。 『あの人達,図書館の関係者って感じじゃないし……行ってみようかな……』  恐る恐るその部屋に脚を踏み入れると,誰も顔を上げる者はいなかったが全身からよそ者への警戒するオーラが出ていた。女の子はチラリと私を見ると,すぐに視線を本に落とした。  気付かない振りをして誰もいない端の席に座ると,音を立てずに閉館まで過ごした。こうやって毎日通うことで,すぐに図書館の地下の住人たちに受け入れられた。同じ空気をもった者だけがわかる不思議な世界だったが,彼らは私への警戒心を解いた。  閉鎖的な地下室はどこか懐かしく,守られているような気がした。誰一人,知り合いもいなければお互いを干渉することもなかった。それでも,一つの出入口しかないこの部屋は安心できた。  それからは私も地下の住人の仲間入りを果たし,学校が終わるとまっすぐ地下室へと通った。なぜかそこには,ちぐさは存在しなかった。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!