ちぐさ

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ちぐさ

 子供の頃から他人の汗や体温を感じるのが大嫌いだった。  女の子同士で手をつなぐことも(いや)で,小学生の頃は何度も仮病をつかって学校行事から逃げ出した。  中学一年生の冬に初めて異性から告白され,クリスマスも近かったこともあり,なんとなく付き合った。手をつなぐことまではなんとか我慢できたが,初めてキスを迫られたときに,その距離感と普段なら絶対に人とは触れることのない唇が他人と触れ合うと想像しただけで気持ち悪くなって我慢できずにその場から逃げ出した。その後,学校で会っても,お互いに会話をすることなく彼とは自然に別れた。  それ以来,誰かと付き合うこともなければ,友達をつくりたいとも思わなくなった。できることなら,誰も私とかかわって欲しくなった。とにかく人に触れられたくないし,椅子や手摺りに残る他人の汗や体温でも,人を感じることが本当に気持ち悪かった。  唯一,他人に触られて我慢できるのが医師に触診をされているときだったが,できれば女医に診て欲しかった。彼らはプロとして私の肌に触れ,私を物質として扱い,血圧や心音,呼吸音を機械的に調べるので,そこには性別はなく感情をもった人としての私は心を閉ざし存在しなかった。それでも男性の医師の指先は触れられる度に悪寒がはしり気持ち悪くなった。  食事に関しても母親の料理は食べられるが,知らない人が作った料理は受け付けなかった。やはりレストランでプロが作る料理は食べることができたが,掃除の行き届いていないお店や屋台の料理は受け付けなかった。  子供の頃からずっとそんな性格だったため,異性に性的対象で見られるのも気持ち悪いし,馴れ馴れしく触ってくる男は全員死ねばいいと思っていた。
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