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「何故、私だったのですか」
初めて乗る車に揺られながら、私は隣に座っている男に声をかける。
自分でも声が少し震えているのがわかる。
なんせ、目の前で2億のやり取りをされたのだから。しかも自分のために。
2億……その金額はきっと私が一生花魁として生きても稼ぐことができない。と言っても花魁の一生は大体30歳手前までなのだが。そんな大金を持ってる人間が私のことなど気にかけるのだろうか。なぜ、どこで私のことを知ったのだろうか。私はこの後何をされるのだろう。
殺されるのだろうか。殺されるくらいならまだ腐った人間の欲望の掃き溜めみたいなあの場所で花魁のとして生きている方がマシだった。
「何が?」
男は私の目をじっと睨んで言葉を吐く。
高そうな黒いスーツを着て、高そうな黒い靴を履いたその男は、左手の薬指に銀色の指輪をしている。恐らく結婚指輪だろう。それなら私たちの世界になど足を踏み入れるはずもない。
「……身請けのことです」
男の目に圧倒され、震える声を抑える。
ただでさえここまでお金を持ってる人があんなところに行くだけでびっくりしているのに、まさか身請けまでするとは誰も思わなかっただろう。
それもはじめてあの場所に行く人間が。
ここでは、遊女の中でも客をよく取れる女を「花魁」と呼ぶ。私が生まれる遥か昔の遊女とは違い階級も「花魁」のみ。花魁以外はただの遊女。
花魁も遊女なのだが、なんだかちょっと別らしい。詳しいことはよくわからない。ただ私が確実にわかることは私が花魁だったことと、私の客は金持ちだけだったこと。
そんな花魁を2億出して身請けすると言うのだから、やはりこの男は相当金を持っている。
私のように膨大な借金を背負わされた女は一生あそこで生きて行く運命のはずだった。が、どうやら私は違うみたいだ。
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