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「あ、えっと……」
視線が合わせられない。
この人は私の常連さんだった人。もう2度と会わないと思っていた。会いたくもなかった。
「この子は桜ですよ。人違いじゃありませんか?」
雪がそう言ってくれるものの、男は「いや、雫ちゃんだよ。身請けされて桜って名前になったのかい?」なんて私に近付きながら声をかける。
「あれ?身請け人はいないの?危ないね。これから2人でどこかに行かない?学校に通ってる噂は聞いたんだよね」
そう言って私の肩に手を回す。雪が叩こうとするが止める。
「ごめん、雪。先に帰ってて欲しいの」
私はそう言って雪を返そうとするが雪は「ダメだよ!桜!」と、私の新しい名を呼んでくれる。
「雫ちゃん、行こうか」
そして私を連れて歩こうとした時だった。
「桜?その男は誰だ?」
聡の声が後ろから聞こえる。
慌てて振り返ると聡と聡の、ボディーガード?がいる。いや、え、そこまでお金持ちだったのか。なんて思いながらも言葉が出なくて黙り込んでしまう。
「おやおや、これは北条様の息子さんではありませんか」
この男は聡と知り合いだったらしい。私の肩からすっと手を引いて「この女を身請けしたのは北条様で?」と聞く。
「違うが、この女は俺の女だ」
今まで見たこともないような表情で相手を威嚇する。喧嘩をしたことがあるかのような目に私も警戒してしまう。男は「では、私は用事があるのでこれで」と慌てて言い、逃げるように去っていった。
「ごめんね、この女。とか俺の女とか言っちゃって。怪我はない?」
聡はそう言い私に優しく微笑む。雪もホッとした表情をしている。私はその優しさが嬉しくて、少し涙を流してしまう。
「あぁ、もう大丈夫だから」
そう言い私をぎこちなく抱きしめてくれる聡が優しくて、あったかくて、とても安心した。
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