11人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
「裕太さん、あなたがそんなことしてしまったら私が旦那様に怒られてしまいます」
彼の後ろを付いてきていた女性が部屋に響かないような小さな声で彼に言う。
そんな女性などお構いなしで彼は私に微笑みかけた。
「お待たせ。ちょっと熱いから冷ましながら飲んでね」
彼はおぼんの上に2つ置いてあったスープカップのうちの1つを私の前に置いた。
湯気があがっている。そしてスプーンも1つ。
桜の絵が書かれたスープカップとスプーンだった。私の「ありがとう」という返事を聞いて「どういたしまして」と言いながらもう1つを私の向かいに置いて、彼は私の向かいの椅子に座る。
「僕が父に言わなきゃ平気でしょう?桜。紹介するね。住み込みのお手伝いさんの雪さんだよ」
女性ににっこりと微笑み宥めてから、私に女性の紹介をしてくれる。
ここで初めて女性と目が合う。
女性は目が合うとおろしている綺麗な長い髪を耳にかけ、にっこりと微笑んだ。
「住み込みで働いてます。雪です。あなたのことは聞いてるわ。旦那様も裕太さんもとても素敵な方よ。安心してね」
微笑んではいるものの、私とは距離をおきたそうな目をしていた。
軽蔑しているのだろう。仕方ないな。あまり好まれる仕事ではないし、私がどうしようもなかったとはいえ、すぐに理解されるものでもない。
「し……桜です。今日からお世話になります」
雫。と言いかけて慌てて言い直す。
これからは桜として、私は第2の人生を歩んでいくのだから。女性は私には何も言わず、彼の耳元で何かを話してから部屋を出て行った。
彼女に好かれるのは難しそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!