11人が本棚に入れています
本棚に追加
「勉強はしたことあるの?」
彼はスプーンでスープを混ぜながら私に聞く。
さっきまでのにこやかな表情とは違い、真剣な表情で。
「花魁として生きていくための、教養程度しか」
花魁には数学とか生物とか、そういう学力はいらない。
正しい言葉遣いと教養さえあればいい。
だから学校には行ったことがないし、私にはそんなお金もなかった。
私は彼と同じようにスプーンでスープを混ぜながら答える。
「学校に行ってみない?」
彼はそう言ってスプーンを置いて席を立った。
部屋の隅にある棚の引き出しからファイルを出して、また私の向かいに座る。彼はファイルの中から1枚の紙を出して私の目の前に置いた。
「ここなら1から色々なことを学べる。桜はもう花魁じゃないんだ。だから……」
だから、普通の生活を。
彼の言いたいことはなんとなくわかる。私はもう花魁じゃない。
学校へ行って知識を身につけなければこの先困ることが増えるだろう。彼も私もそれをわかっていた。それに、お金持ちの家にいる女が花魁だというだけでも良く思われないはずなのに、その女が更に学力のない女だと、尚更都合が悪いだろう。
「返せるものはないけど……良いの?」
私がそう聞くと彼はふふっと笑った。
そして、「大丈夫だよ」と言った。「手続きをしておくね」とも。そして彼の表情はまた穏やかなものに戻った。
最初のコメントを投稿しよう!