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終末電車
線路を走る規則的な音で、中村は目を覚ました。
心地よい揺れに溺れそうになる身体を支え、背筋を伸ばす。
周囲を見回すと、何もかもがセピア色に包まれた光景が広がっていた。
壁際に長椅子が取り付けられた、窓の向こうさえ色褪せた殺風景な筒状の箱。
線路を走る聞きなれた音で、中村はここが電車のなかであることを察した。
「また、ここに来てしまったか」
中村は、いつの間にか手の中に差し込まれた切符を握りしめた。
券売機で買える長方形の切符をひとまわり大きくしたような、白黒の切符である。
夜明けとも夕方ともつかない車内には中村のほかに十数人の乗客が座っていた。まだ眠っている者も、しきりに辺りを見回している者もいる。
――この電車に乗るのは久しぶりだ――
中村は目を閉じた。数年前に乗った時は夢でも見たかと思ったものだが……。
ため息をつくと、近くの席の男が身を寄せてきた。
「あの、この電車はいったい何なのでしょうか。私、目が覚めたら突然ここにいて」
三十代とおぼしき男の声は微かに震えている。予感のようなものはあるのかもしれない。
「恐らく、これは死者を運ぶ電車だよ」
自分よりずっと若い男に、中村が答えた。
「死者を運ぶ? そんなバカな」
息をのんだ男が、首を左右に振る。「あり得ません」否定する声はさらに震えていた。
中村は男の顔を見つめながら静かに続けた。
「私は世界でも極端に症例の少ない難病でね。何度も危険な手術を受けている。そのたびにこの電車に乗ったものだよ。途中下車だったけれどね。でも今回はダメだろう」
中村にはもう十分に生きたという思いもあった。
新種の病気を宿した人間として、今まで不自由で息苦しい研究サンプルのような日々を送ってきた。中村は生きることに疲れ切っていたのだ。
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