彼と彼女と彼のソネット

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中年男性は恥ずかしげな顔を見せる。 「…いや、いいんだ。ぜひ、泊まっていってくれ。…いいだろう?」 見つめあう夫婦、その顔には微笑がたたえられている。 「…嫌です」 「どうして」 「そんな、今日初めて会った人のことを信用するほど、私、馬鹿じゃありません」 「…ああ、うん、そうだな。それは、そのほうがいいね」 「でしょう?」 「本部長!」 「いや、それはそうなんだが」 女は自分の夫の手を握る。 「証明してください」 「え?」 「どうしても、その人を家に泊めるっていうなら、証明してください。あなたが愛しているのは、その人じゃなくて私だって」 「そんなこと」 「出来ないっていうんですか。どうして出来ないんですか」 「だから、証明って言ったって。何をどうしろっていうんだ」 「してください」 「だから、どうやって」 「違います。…してください、って言ってるんです」 「…何を?」 「夫婦がすることをです」 沈黙。 「…ここで?」 「はい」 「彼がいる前で?」 「はい」 「無理に決まってるだろ」 「なんでですか?」 「なんでって、言われても。無理なものは無理だよ」 「やっぱり、その人のことが」 「そういうことじゃないだろ」 「本部長、自分のことなら」 「君は黙ってなさい」 「…出来ないんですね」     
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