彼と彼女と彼のソネット

6/8
前へ
/8ページ
次へ
「…ああ」 「私のこと、愛してないんですね」 「いや、そうは言ってないだろ」 「じゃあ、キスでいいです」 「は?」 「キスでいいですから、してください」 「だから、そういう…」 女が中年男性の前に進み出る。 「お願いします、キスしてください」 中年男性は困惑しながらも妻の肩に手をのせる。そして、己の顔を彼女に近づけていく。が、唇が触れ合う直前、体を翻す。 「すまない」 「…キスも駄目なんですか。じゃあ、いったい何ならいいんですか」 「すまない」 「私のこと、好きじゃないんですね」 「そんなことはない」 「じゃあ、どうしてですか」 「…恥ずかしいんだ」 「私たち夫婦ですよ、何を恥ずかしがるっていうんですか」 「それにやり方も分からないし」 沈黙。 「したことないんだ、そういうの!」 「え?」 「だから、したことないんだ。やり方も全然、分からない」 「…本部長」 「ずっと男子校だったんだ、中学からずっと男子校だったんだよ!」 「でも、だからって」     
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加