彼と彼女と彼のソネット

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「会社に入ってからは、仕事一筋にがむしゃらにがんばった。業績を伸ばして、昇進もした。モテたよ、すごくモテたさ。大会社の本部長だ、そりゃモテるさ。でも、違うだろ。私がモテてるんじゃないんだ、本部長の肩書がモテてるだけだ」 「あなた」 「…怖いんだ、お前が私を愛しているのか。本部長を愛しているのか」 「私は、あなただから好きなんです」 「こんな中年男をか?」 「はい」 「小学校以来、女の子と手をつないだこともないんだぞ」 「さっき私と手をつなぎました」 「こんな私を愛しているというのか」 「はい」 中年男は女を見つめる。 「…証明してくれないか」 「愛してます」 「それが証明になるのか」 「はい。…あなたも証明してください」 「いや、でも」 「恥ずかしいんですか」 中年男は顔を赤らめている。 「お願いです、証明してください」 「本部長」 「…愛している(ものすっごい小声で)」 「聞こえません」 「愛している(まだ小声で)」 「聞こえません」 「愛している」 「もっと」 「愛してる」 「もっと!」 「愛している!」 「もっと!!」 「愛してる!!」 女が中年男を抱きしめる。 「私もです」 「…ありがとう」 女は中年男から離れる。 「お布団、リビングに敷きますね」 「ああ」 「ありがとうございます」 「お風呂は?」 「いえ、そこまでは」 「準備、してきます」 女は去ろうとするが立ち止まる。 「あなた」 「何だい?」 「今度から人を連れてくる時は、先に電話してくださいね」 「…分かったよ」     
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