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それから数日の間、僕は彼女に話し続ける事にした。
結果はあまり芳しいとは言えなかったけれど、それなりに効果を発揮した。
「やぁ、どうも」
「こ、こんにちは……」
この日は食堂ではなく、図書館で鉢合わせた。イヤホンで曲を聞いていた。
この日の八嶋さんは、何だか変だった。
「……っ!?」
僕のことを目を高速で瞬かせながら見ている。
口元を手で覆い、何か納得したかのように息を吐いて、再び聞くことに没頭してしまった。
『なにを聞いてるの?』
彼女の手元にメモをさっとスライドする。
「?」
彼女はそのメモを見て、顔を綻ばせながら、僕の書いた字の下にペンを走らせた。
『『BRILLIANT WINTER』です。ちょっと古いですよね』
書いたあと、僕の方をチラリと見る。
その上目づかいが可愛いくて、面白くて、堪らず向かいに座った。
『その曲、いいよね。僕の知り合いにピアノとギターで弾ける凄い上手い奴がいるんだ』
それにしても、『BRILLIANT WINTER』か。
日本では知らない者はいない、言わずと知れた名曲。
歌っているのは、世界的なバイオリニストのAYA。
初登場で週間ランキング一位を掻っさらい、それからも数週間に渡って独走を続けた。
もう5年以上前の曲だから、懐メロとやらに入るかもしれないが、未だに根強い人気を誇っている。
素晴らしき冬。冬が苦手だと言っていた彼女は、その理由が別れの季節だからだと言う。
“素晴らしき冬。それは出会いと別れの季節”
あの歌にはこんな歌詞がある。作詞の人はどんなことを思って、この歌詞をつけたんだろう。
「あ、そうだ」
僕は思い出したように、彼女の肩をトントンと叩く。彼女は少し驚いた顔をして、イヤホンを耳から外した。
「はい……?」
「これ、見て」
そう言って携帯の画面を彼女に見せる。
「あ、待って……」
画面をタップして動画を再生しようとする僕に、彼女がストップをかけて来た。
彼女が声を潜めて、耳元で囁いてくる。
「あのっ、音出ちゃいますから…イヤホンを……」
「……そうだね。ありがとう」
僕は彼女からプラグを受け取り、携帯に刺した。イヤホンが認識されたのを確認すると、片方を受け取って耳につけた。
そして、『BRILLIANT WINTER』の旋律が流れ出すーーー
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