ブラック・ミックスジュース

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「あの時は、声で怪しまれたと考えたが、よく考えるとあなたは私が声を発する前から私を非常に警戒していた。何かおかしいところはあるのか教えてほしい」 公園で缶ジュースをひとり飲む長身痩躯の男が、真面目な顔でこんなことを頼むから、気が抜けてくる。 しかし。と思い直して、公園の出入り口の距離を確かめ、ポケットの中のスマートフォンを握り締めた。小学校の体育館で口酸っぱく先生が教えていた「いかのおすし」を心の中で唱える。 「す」は「すぐ逃げる」だろ。だめじゃん。 「まず、えーと、あの名前なんですか」 男は視線を一瞬だけよそへやると 「…やしろ」 と答えた。人から名前を聞いてウソではないかと疑うのは生まれて初めてだった。が、名前は正直どうでもいい。 「八代さん、まずいまのおかしなところだけど…八代さんくらいの年齢の人はスーツで夕方の公園にはいないです」 「それは私の年齢とスーツが不似合いだということか、それともスーツ姿と公園という取り合わせが不適切なのか」 「年齢とスーツはオッケーだけど、公園はまずいでしょ、あと時間帯?夕方に八代さんみたいなスーツ姿の人はいないよ。いるのはチャイムが鳴ってもすぐ帰らない中学生とか、犬の散歩してる人とかで」 「この街で夕方最もよく見かける服装を選んだが、この格好で『公園』にいるのは不自然というわけか」 「うん、そうだね。あと、前は夏に黒の長袖シャツを着ていたでしょ」 「そのときもあなたに会ったことがあった」 「夏に黒服を着る人は少ないから、変だったよ」 「私が数える限り、あの日街に黒い服を着ている人間は109人、黒の何かを身に付けた人間ならそれ以上いたが、それでも少ない方なのか」 えっ…と言葉が詰まった。正確に数えたのだろうか。 「じゃあ、えー、言い換えると、夏に、黒い、長袖の洋服を着る人は、あまりいない。と、思う」 「そうか。話は変わるが、このような上着を手に持っている人間もよくいた。あれは何故着もしないのに持っているのか、知っているか」 「スーツの上ってこと?なんでだろうね、俺も分かんない」 なるほど、と頷く。答えられなくても怒りはしない彼に幾分ほっとする。 「俺も質問していい?」 「ああ」 「……八代さんは普段、」 何してる人?と聞こうとして止まる。聞かない方がいい気がする。マフィアとか、殺し屋とか、そんな答えだとしたら俺は本格的に家に帰れない。 でも、俺は無事に帰りたい気持ちは持ちつつも、彼がどんな人物なのか物凄く気になっていた。 子どもの俺にこんな風に話す人は初めてだった。子ども扱いしない、というか。訊くことを、躊躇わない、というか。
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