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こちらに気付かないのか、無防備な横顔をさらすその様子にふと、最初に出会った日、頬杖を突いて、窓の向こうに広がる桜の枝越しに青空を透かし見ていた彼のすがたが重なる。これから始まる新生活にそわそわと浮き立つクラスメイトのなかで、まるでそこだけ時間が止まってしまったかのようなしんとした佇まいが、あの瞬間、やけに鮮明に那月の目に焼き付いた。
「──榛原」
「──……神谷」
閑、とかつて一度だけ乞われて口にした名前を音にはできないまま、ようやく那月に気付いた彼に駆け寄って傘を差し掛ける。いったいいつからそこにいたのだろう、前髪から落ちた雨滴が端整な頬にいくつもの透明な軌跡を描いた。
「ばかだな。こんなところにいないで、部屋で待っててくれたらよかったのに」
「……いや、そしたら神谷、入りづらくてそのまま帰るんじゃないかと思って」
「……何でだよ。さっきちゃんと行くって言っただろ?」
すぐ間近から真意を窺うように瞳を覗き込まれて思わずうつむき気味につぶやくと、同じく気まずそうに顔を逸らした閑がそれ、と長い指でバッグから頭だけを覗かせた筒を示す。
「どうだった? 卒業式」
「……ああ、榛原、出なくて正解だったかも。よりにもよって最後の最後に、いったいこれは何の試練だよってなくらいに退屈な話ばっかりで。俺、正直途中から意識飛んでて、内容とか全然覚えてない」
「さすがは『眠り姫』。まさか卒業式でまでその能力を遺憾なく発揮するとは」
「──ちょっと待て。その呼び方だけはやめてくれって俺、前にも言ったよな」
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