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ふとした語尾や一瞬だけ絡まる視線、そして交わし合う笑顔の裏で、今、おそらくふたりとも、あの日ふいに訪れた抗いがたい嵐のような情動がふたたび巡ってくることを何よりも怖れている。それは沈黙とともにやってきて、あっけなくただの友人だったそれまでの心地よい関係を根こそぎ変えてしまった。
「──それより、榛原こそどうだったんだよ、試験。まあ、おまえのことだから、絶対合格間違いなしなんだろうけど」
晴れの日である式典と、第一志望である国立大学の受験日が重なるというまさかの悲劇に見舞われた彼に顛末を問うと、ああ、と我がことながらあまり興味がなさそうに、気だるげに濡れた前髪を掻き上げる。
「絶対かどうかは知らないけど、とりあえず全空欄埋めるだけ埋めてきた」
「おお、さすが。じゃあ、もう合格は決まったようなもんだろ。すごいな、そしたら我がクラス初の快挙じゃないか? ほら、確か、このあいだ鴻上(こうがみ)が──」
「──那月」
と、ふいに耳許で名前をささやかれ、あの日と同じその響きに反射的に身がすくむ。
そのまま、柄を握りしめた手に閑の大きなてのひらが重なって、わずかに逡巡するような間を置いたあと、傘ごと那月の身体をおのれの方に強く引き寄せた。
「……っ、はいばら……」
「──閑」
「……え……?」
「これで最後にするから。だからもう一度だけ、あのときみたいに名前で呼んで。俺のこと──閑って」
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