春雨傘(はるさめがさ)

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 ──俺のこと、一度でいい。名前で呼んで。  ──……しずか。 「……閑」  聞きたい。その理由を、言葉にならない感情の名前を、彼の声で、彼の体温に包まれて。ふたりのうえに降りゆくこの雨が、彼が刻み付けた記憶の痕跡をあとかたもなく消してしまう前に。  ──それが知りたくて、だから今日ここに、彼に会いに来た。 「──好きだから」  自分自身、口にしたその単語にいまさらながら慄いたのか、那月を抱きしめる閑の腕がぎこちなくこわばる。ああ、こんなに不器用な男だったなんて、ずっと一緒にいたのに今まで知らなかった。 「気付いたときには、もうとっくに好きだった。神谷が、……那月が、いつも俺の前で無防備に寝てるのを見て、こっちの気も知らないで、って腹が立つくらいには」  たどたどしく、けれどそのぶん嘘のない言葉が那月への想いを語る。そんな閑の温かな腕に包まれていると、安堵からか、やがて小さなあくびがひとつ飛び出した。 「──……眠い」 「……え……?」 「ここまで急いで走ってきたから眠くなった。だから入れてよ──部屋に」 「……那月、俺が言ったことの意味、本当に分かってる? 俺は──……、っ」  そのうえ、まだ何か言い募ろうとする無粋な唇をわずかに伸びあがって唇で遮る。
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