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「お義父さんでいいぞ」
玄関を出るとき、一瞬、振り返った信孝さんのお父さんが一言小さくそう。
嬉しくて、つい、いってらっしゃいって大きい声で見送ったけど、その場にいた若い衆が何故か唖然となっていた。
なんか、悪いことした・・・かな!?
「遼禅さんは、ご存知のように、昔気質で、二言目には、筋だ、義理だ、ケジメだって、口やかましくて、若い人たちには敬遠されがちなんです。だから、話し掛けるのも気を使う。それが、どういう訳か、嫁には甘い、そういう事です」
いつの間にか昆さんが後ろにいて、またまた、吃驚した。
考えてみたら、今まで足音を聞いたことない。本当、神出鬼没。
「靴磨きから風呂掃除など、ナオさんがどこまで我慢出来るか、試すのに、堀さんに、遼禅さんがわざわざ頼んだんですよ。あえて厳しく接するようにと。今の若い方は、些細な事で、すぐキレるし、我慢が効かない。組の若い連中も例外ではありませんが。
昨日今日のナオさんを見て、誉めてましたよ」
そう言って、昆さんが両手で僕の右手を包み込む。
なんで、顔が近付いてくるのかな?って、変に思ったけど、そういうときは必ずといっていいほど、体が動かないもので。
気が付けば、手の甲にチュッと軽くキスをされていた。
「昆!お前!」
いつも、冷静な信孝さんが珍しく大きい声を上げ、かなり慌てていた。声、裏返ってるし。
僕自身は今、何が起きたか、まだ、理解できずにいた。
きょとんとしながら、よくよく思い出し・・・。
「 わ、わ、わ・・・!!こ、昆さん、な、何を」
「手が汚れていたので」
悪ぶれる事なく、にこっと、笑顔で返された。
「昆、お前」
「さっきも言いましたよ。ナオさんは、信孝だけのものではないと。私にとって、ナオさんは、可愛い末っ子ですからね」
「・・・」
信孝さんは言葉を返す事も出来ず、頭を抱えていた。
ちょうど、その時、福光家からのお客さんです、と若い衆に声を掛けられた。
「・・・和江さん・・・」
その顔を見た時、最初は信じられなくて。
でも、間違いなく彼女で・・・。
驚きすぎて、腰を抜かすところだった。
「尚也様のご主人が、吉崎さんに頼んだんです。一人では心細いだろうから、ここにいる間だけ貸して欲しいと。それで、お着替えと一緒に来ました」
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