千秋と満ちる

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 すると、一智は事もなげに千秋を抱きかかえた。火災事故以後、二か月の入院生活を強いられ、自然と体重が減少していた。だが、スタイル抜群の満ちると比べたら、まだまだ重いはずだろう。  それに、こんなに一智と密着したら、嫌でも彼の温もりを感じてしまう。あまりにも親密な状況に戸惑った千秋はつい身を縮こませてしまった。 「そんなに恥ずかしがることはないだろう、俺たちは夫婦なんだから。あぁ、それとも俺に触られるのが嫌なのかな」  一智の嫌味な調子に傷つきながらも、千秋は彼のたくましい腕に抱かれ喜びを感じていた。愛する人たちを失い天涯孤独になった千秋は独りぼっちだった。満ちると間違えられ飯島家の人たちから蔑まされても、独りぼっちよりもずっとましだと思えた。  だが、誰かに頼りたい、すがりたいと願っていたのに、その相手が親友の夫だとは運命は皮肉な演出を用意したものだ。 「ママ、だぁじぃぶ?」  それに、くる美は千秋を満ちるだと思い込み、絶対的な愛情を向けてくる。本来ならば自身の正体を打ち明けるべきなのに、千秋は手にしている小さな喜びを失う危険を冒したくないと思い始めていた。 「この家には段差があるから、これからは窓際には近づかないよう気を付けるように」  そう言って、一智は千秋をベッドに下ろし寝室から出て行った。だが、あれは車椅子の制御ブレーキのせいではない。誰かが車椅子を押したのだ。それなのに、その人物がだれかわからず、またもや千秋は見えない相手の不気味な行為に脅かされた。  一連の嫌がらせの犯人は不仲の夫一智なのか? それとも優しそうな姑富美子か? 満ちるの愛人と思しき彬夫の母菜津子なのか?  不気味な不安を抱え千秋は疑心暗鬼になっていた。
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