千秋

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  ヨーロッパで活躍するオペラ歌手、織本かほりの一人娘として生まれた千秋は、父親を知らず育った。イギリス人のピアニストだということしか聞かされず、その顔を写真で見たことさえなかった。  千秋が三歳になった頃、多忙な母親は自分の手で娘を育てることを諦め、日本で暮らす祖父母の元へと預けた。祖父母は穏やかで優しい人物だったが、元をたどればあの母親の両親だ。孫は可愛いが己の生活が第一だと考えて、愛情をたっぷり注いでくれることはなかった。  父を知らず、母に見捨てられ、祖父母にも関心を寄せられない。自分は誰からも愛されていないと感じた千秋は、自然と引っ込み思案で物静かな少女に成長していった  やがて成長した千秋は地元で有名な中高一貫の女子校へと進学し、佐々木満ちるに出会う。両親が輸入家具店を経営する満ちるは、明るく活発で華のある少女だった。  正反対の性格だったからだろうか、二人はすぐに意気投合し仲良くなった。それから高校二年生の三学期、千秋がスイスの寄宿学校に転校するまでの五年間を一緒に過ごしたのだった。  その後、育ての親である祖父母が相次いで亡くなり、後を追うように母も逝った。そして、一度も会うことができなかった実の父親までも、既にこの世にいないと知らされた。  次々と肉親を失い天涯孤独になった千秋を支えてくれたのは、長年母と親交のあったイタリア人テノール歌手ジャンカルロ・サルトレッティだった。
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