千秋

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 三十七歳という父親ほど年の離れたジャンカルロと男女の関係になったのは、そう不思議な話ではなかった。一度も会ったことがない父親の姿を彼と重ね合わせたこともあった。だが、それより何より独りでいるのが辛かったのだ。  身寄りのない日本に帰っても一人、母から譲り受けたロンドンのフラットや、パリのアパルトマンに留まっても一人。そんな千秋にはジャンカルロしか頼れる人がいなかった。  妻を亡くしたジャンカルロも、老い先短い人生を一人で暮らそうとは思っていなかったようだ。若く美しい妻を娶り、最期の日まで楽しく生きていくことを望んでいた。  ジャンカルロの息子、娘には最後まで反対されたが、千秋との結婚を彼は強引に押し進めた。翌年に二人の間に息子・ヴィットリオも生まれ、千秋は初めて家族の温もりを味わうことができたのだった。  ところが、そんな幸せの状態も長くは続かなかった。昨年夏、バカンス中にジェノバで起きた高架橋崩落事故に、ジャンカルロとヴィットリオが巻き込まれ亡くなってしまう。 ジェノバ近郊のリゾート地ポルトフィーノで二人の帰りを待っていた千秋は、耐え難い喪失感に身も心もボロボロになった。  だが、愛する人たちを次々と失った彼女には、悲しみに暮れることさえ許されなかった。何故ならば、ジャンカルロの遺産相続を巡って、過酷な試練が待ち受けていたからだ。母かほりから受け継いだ不動産や高価な宝石や美術品の数々。そして、一度も会うことができなかった父親から、まさかの財産分与がおこなわれていた。  これ以上の資産を手に入れたところで、亡くなった両親も夫も息子も帰ってこない。愛する人を失うたびに、千秋には意味のない富が残される。彼女が心から欲しているのは、永遠の愛なのに……
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