満ちる

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 佐々木満ちるの父親は様々な商売に手を出しては、失敗を繰り返していた。そのたびに母親と二人で実家に頭を下げて、金銭的な援助を頼んでいた。  市会議員などを務め地元では名士で知られた祖父のお陰で、貧困生活は免れていたものの、家計は薄氷を踏むような状態だった。今は主に北欧から輸入した家具を扱う店を経営し、一家の生活は安定しているように思えていた。  幼い頃から満ちるは近所でも評判の美少女で、明るく社交的な性格で常にクラスの人気者だった。ところが、母親の母校でもある私立の有名女子中学校に進学すると、思わぬライバルが登場した。  イギリス人の父を持つ織本千秋は、ヨーロッパで活躍する有名なオペラ歌手の娘らしい。少々太り気味で物静かで地味な印象だが、美しくお嬢様然とした雰囲気を漂わせている。  仲良くなるフリを決め込んだ満ちるだが、心の中では絶えず千秋への敵対心に燃えていた。  それから、五年の歳月が経った頃。織本千秋が突然スイスの寄宿学校へと転校してしまう。彼女を育てていた祖父母が高齢者向けマンションに引っ越すため、ヨーロッパで活動する母親が千秋を呼び寄せたそうだ。  親友の転校は満ちるにとって予想外の驚きだった。だが、ずっと引け目を感じていた千秋が目の前から消えるとホッとしたような、清々したような気分になっていた。
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