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ガアガアというばさまの高鼾のなか、戸口で低く呼ばわる声がした。じさまはそっと起き出して、戸口に向かった。
「こんな夜中にどなたかの」
「じさま、おらだ、与ひょうだ」
「なんだ、与ひょう、急用でもあるのか」
「きのう、この辺に、鶴が落ちてはおらんかったけぇ? たしかにこのあたりで矢で射たはずなんじゃがのぅ」
与ひょうは、山ぎわの掘立小屋でひっそりと暮らしている貧しい若者。田を持たず、手製のぶかっこうな弓矢で野鳥や獣を狩って、獲物を米と交換して、なんとか命をつないでいた。昨日せっかく射止めた鶴が見つかるかどうかも、与ひょうにとっては暮らしのかかった大事じゃった。じゃが、じさまは、知らんぷり。鶴が恩返しのために娘に化けて家に来たなどと教える訳もなかった。与ひょうはがっかりして、トボトボと夜闇の中を帰っていった。
三日後の朝のことじゃった。部屋から、何かを大切に抱えて出てきた娘は、それをじじばばにおずおずと差し出した。
「こんなものを織ってみたのですが。お世話になっているせめてものお礼にと」
それは見事な反物で、本物の鶴の羽がたっぷりと織り込まれて、真珠のように輝いておったそうな。じじばばが驚き喜ぶ姿に娘は満足し、そしてその場に倒れた。
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