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目をつぶると、あの晩の、この曲で踊った森野さんの姿がはっきりと甦った。姿だけではない。あの熱い肌、引き締まった筋肉、髪の毛の感触、匂い。部屋に溢れたまばゆい光。自分でも信じられない自分の身体の動き。すべてが一体となったような、あの感覚。
昨晩とはくらべものにならないくらいリアルな感触だった。まるでそのものがそこにあるかのようだった。記憶とはまったく違う種類のものだった。森野さんが息絶える瞬間の幻覚に近かった。森野さんが少女に乗り移って、本当にあの晩と同じように踊っているみたいだった。その感覚に吸い込まれていくようだった。
唐突に、飲み込んだはずの言葉がものすごい勢いで喉に上がってきた。いま言わないと後悔すると思った。
「ねえ、おじさんと一緒に暮らそう。おじさんの子どもになってくれないか」
少女の身体がびくっと動いた。抱き締めたままで、顔は見えない。
少女はすぐに答えなかった。拳を握りしめるのが感じられた。
「お母さんが言っていました。この曲を一緒に踊った人がわたしを産むチャンスをくれたんだって。本当はお母さんは子どもができないはずだったのに、その人が魔法をかけてくれたんだって」
「そうなんだ。それが僕なんだ」
「でもおじさんは、わたしのお父さんじゃないんでしょう?」
嘘はつけない。でも何が本当なのか、わからない。それにサカキさんがいるから、手紙のことを話すわけにはいかない。
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