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「いや、忘れていない。ただ、さっきのはちょっと冗談っぽかったから」
「だって、あのとき真剣な顔で言われたら、おじさん、引いちゃうでしょう?」
「そりゃ、まあ、そうだな。じゃあ、君のお父さんになれるんだね」
「うん」少女ははっきりとした声で答えた。「でも、ひとつだけ条件があるの」
「なに?」
「おじさんが結婚して、奥さんもわたしを子どもにしたいと思ってくれたら」
「結婚……」
「そう、結婚」
「だとしたら、すぐには無理だな」
「そうかなぁ? おじさんだって捨てたもんじゃないから、頑張れば、どうにかなると思うけど」
「いや、でも相手のあることだし、君を子どもにするという前提で結婚してくれるかどうか」
「ずいぶん、自信がないんだ。でも、そのくらい時間をおいて考えた方がいいかもしれないよ。今は一時の気の迷いかもしれないし。お母さんが本当に死んじゃったことがわかって、さっき泣いてくれたんでしょう?」
サカキさんが言ったのか。どうしておんなという生き物はこうおしゃべりなのだろう。でも、この子に知ってもらうことは悪いことではない。
シューマンの曲が折り返し点にさしかかっていた。右肩の辺りが濡れるのを感じた。
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