第1部 第1章 1. プロローグ

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あの日のあと、河村教授とは研究に関することで何度か電話でやりとりをした。 あの東北の山間の研究所から東京に帰って、週明けにすぐお礼の電話を入れた時に、森野さんにはとてもお世話になったとだけ話し、あらためてお礼を言っておいてもらえないかとお願いをした。大まかな経緯は森野さんから聞いたらしく、教授は「大変だったみたいだな」と笑って言った。もちろんあの晩の詳細を、森野さんが絶対に誰かに話すはずはなかった。データの提供に関しては、改めて感謝の手紙を書いた。なにしろ何十年もの間、教授が地道に観測を続けてきたデータだった。 それから2、3か月してちょっとした研究の相談で教授に連絡したとき、あれからすぐ森野さんがあの村から突然いなくなったことを知らされた。それでもまだわたしは彼女のことを思い続けた。教授は、わたしがドイツにいる間、心臓発作で亡くなった。それを知ったのは亡くなってしばらくしてからで、葬式に出ることさえ叶わなかった。     
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