第1部 第1章 1. プロローグ

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第1部 第1章 1. プロローグ

研究という仕事はどこかギャンブルに似ている。コツコツ積み上げるという点ではたぶんギャンブルとはまるで違う。でも、結果は当たったり当たらなかったり、時に大当たりもする。そして、ひとつの成果が人生を大きく変えることもあるのだ。 結局、河村(かわむら)教授からもらった森林内の長期間の気象データを論文の中で使うことはなかった。でも、その解析がヒントになって始めた研究は、狭い専門分野の中ではあるが、世界的な評価を受けることになった。そして、ドイツの研究所から招聘され、研究の足場を数年の予定でドイツに移すことになったのだ。 あの日から日本を出るまでわずか1年のことだった。その間、何度も森野(もりの)さんのことを思い浮かべた。でも約束どおり連絡はしなかった。それにもうあそこにはいないのだ。 あの日以来、わたしは女性から以前よりずっと好意を持たれるようになった。何人かの魅力的な女性からデートに誘われた。でもそのたびに森野さんと較べてしまい、付き合いたいという気持ちに至ることはなかった。     
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