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蝉の鳴き声が轟々と渦巻く中、機械音はやけに目立って響いた。
折りたたみ式の携帯を開き、新着通知からすぐにメールを開封する。差出人はやはりというか、先輩だった。
『あいさつくらいしてけ。ばか
あえてよかった
げんきそうでよかった
すげえいまさらだけど、りょうにあのとき、カバンをぶんなげてよかったよ 』
「ひでえ」
変換が全く成されていないメールはそこで終わっていた。
機械音痴を自負していて、携帯なんて人の使うもんじゃないと投げていたあの人。
女の為にと、俺に指導を請うてきたあの人。
『Re:読みづらい。変換してください』
『良いですか、最後です。ちゃんと覚えてくださいよ。
あんたが「でかくて押しやすいから好きだ」とか言ってたボタンのすぐ下、本当にすぐ下ですよ。ぶっとんでその下のクリアーボタンとか押さないで、すぐ下。そこを押せば変換出来ます。ちゃんと教えましたよ。メールじゃ解りにくいだろうけど。
それじゃあ、さようなら。奈美さんとお幸せに。 』
『送信』
核心に触れることはしない。
今更そんな事をしても、澱のようにしかならない。
それならば、無かったことにして俺の中にしまい込んでおいた方がいいものだ。こんな感情は。
――それに、何かの行事でもない限り、ここにはもう来ないだろう。
携帯が振動する。サブ画面に表示されたのはやっぱりと言うか、先輩のものだった。
『Re:Re: 』
『ありがとな。あいしてるぜ』
馬鹿な俺はこんな拙いメールを未練がましく保存するのだろう。自嘲気味に笑いながら、メール画面を閉じる事なく携帯をポケットに押し込んだ。
かつて、白いシャツに制服のスラックスを履いて先輩と歩いた道程を、一人で踏み締め歩く。
とめどなく頬を伝うのは汗だろう。そうに決まっていると自分に言い聞かせながら。
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