Side-R①

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 蝉の鳴き声が轟々と渦巻く中、機械音はやけに目立って響いた。  折りたたみ式の携帯を開き、新着通知からすぐにメールを開封する。差出人はやはりというか、先輩だった。 『あいさつくらいしてけ。ばか あえてよかった げんきそうでよかった すげえいまさらだけど、りょうにあのとき、カバンをぶんなげてよかったよ  』 「ひでえ」  変換が全く成されていないメールはそこで終わっていた。   機械音痴を自負していて、携帯なんて人の使うもんじゃないと投げていたあの人。  女の為にと、俺に指導を請うてきたあの人。 『Re:読みづらい。変換してください』 『良いですか、最後です。ちゃんと覚えてくださいよ。 あんたが「でかくて押しやすいから好きだ」とか言ってたボタンのすぐ下、本当にすぐ下ですよ。ぶっとんでその下のクリアーボタンとか押さないで、すぐ下。そこを押せば変換出来ます。ちゃんと教えましたよ。メールじゃ解りにくいだろうけど。 それじゃあ、さようなら。奈美さんとお幸せに。 』 『送信』   核心に触れることはしない。  今更そんな事をしても、澱のようにしかならない。  それならば、無かったことにして俺の中にしまい込んでおいた方がいいものだ。こんな感情は。 ――それに、何かの行事でもない限り、ここにはもう来ないだろう。  携帯が振動する。サブ画面に表示されたのはやっぱりと言うか、先輩のものだった。 『Re:Re:  』 『ありがとな。あいしてるぜ』  馬鹿な俺はこんな拙いメールを未練がましく保存するのだろう。自嘲気味に笑いながら、メール画面を閉じる事なく携帯をポケットに押し込んだ。  かつて、白いシャツに制服のスラックスを履いて先輩と歩いた道程を、一人で踏み締め歩く。  とめどなく頬を伝うのは汗だろう。そうに決まっていると自分に言い聞かせながら。
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