第六章 渡月橋のみえる場所にて

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「あ、いた。楓さん!」  駅に付いてきょろきょろしていた私に、改札から出てきた蓮くんが駆け寄って来てくれる。小走りで近づくと、蓮くんは私の姿を見てちょっと目を見開いた。 「珍しい服着てますね。一瞬分かんなかった」 「あっ……このワンピース? へ、変かな?」 「いいえ、その逆です。いつもより可愛いから」  ド直球で一番欲しかった言葉をもらって、思わず顔を赤くしてしまった。咄嗟に頬に手をやったけど、蓮くんにはバレバレだ。 「……そんなピュアな反応されると、困ります」 「だ、だって蓮くんがそんなこと言うから!」 「いつもの楓さんなら、『いつもより、じゃなくて、いつも可愛いでしょ!』くらい言ってますよ。可愛い服着たら性格も可愛くなっちゃったんですか」 「なっ……も、もういい! それで、今日はどこ行くのよっ」  照れ隠しに叫んでから、とりあえず駅を出ようと歩き出す。蓮くんがからかうようにくすくす笑っているのが気に障ったが、すっと手を繋いでくれたので許すことにした。我ながらチョロい女だ。 「今日はカフェでランチして、それからこの辺りをぶらついてみようかと。それで夜は楓さんの行きたがってたカジュアルフレンチのお店を予約したんですけど、それでいいですか?」 「えっ、本当!? うん、嬉しい! ありがとう蓮くん!」 「ふふっ、どういたしまして」  ついさっきからかわれたことなんかすっかり忘れて、私は蓮くんの手を取ってはしゃいだ。なんて完璧なデートコースだろう。蓮くんって本当に私なんかにはもったいないくらいの良い彼氏だ。 「楓さん、嵐山にはよく来ますか?」 「ううん、全然。でも、あの渡月橋越えたとこの公園で毎年会社の人とお花見してるの。それくらいしか来たことないかなぁ……いつも人多いし、一人で来るような場所じゃないでしょ?」 「そうですか? 僕は清凉寺の釈迦如来立像が好きなので、一人でもたまに来ますよ」 「わあ、出た」 「出たってなんですか、出たって」  やっぱり蓮くんといるときが何より楽しい癒しの時間だ。  一週間の疲れも吹き飛ぶような気がして、この楽しい時間がいつまでも続いてほしいと願ってしまう。そのせいか彼の試験結果を聞くのが何となく怖くて、その話題を避けるように普段より大げさに蓮くんの話に相槌を打った。
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