第六章 渡月橋のみえる場所にて

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「着きましたよ、楓さん。僕が見つけた穴場です」  舗装されていない道を抜けた先にあったのは、川べりの船着き場だった。しかし今は使われていないのか船はなく、船を止めるための杭だけが見える。 「え……穴場? ここが?」 「はい。もうちょっとこっちに来てください」  蓮くんが後ろから私の両肩に手を置いて、ゆっくりと縁の方へ移動する。されるがままになって動いて、蓮くんがぴたりと止まったところで私も足を止めた。 「川に落ちないように気を付けて。──ここから、あっちの方向を見てください」  彼に言われた通り、川の流れる方向に目を移す。その瞬間目に映った景色に、私は思わず息をのんだ。  絶え間なく水が流れ、時々石にぶつかり飛沫をあげる大堰川。  その両端を、嵐山の赤々と燃えるような木々が彩っている。  そしてその先に見えたのは、緩く弧を描く渡月橋だった。 「──……きれい」  静かな空気の中で思い切り息を吸って、やっとのことで吐き出せた言葉はそれだけだった。  余計な言葉を考えるより、今は初めて見るこの景色に見惚れていたかった。私の背後に立っている蓮くんも微動だにせず、私の視線の先をともに見つめている。  しばらくの間、私たちは気配を消すようにじっとその場に佇んでいた。
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