第一章 ついてない私と、仏像男子

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 遠くから梵鐘の音が聞こえる。  この街は静かなようでいつも騒がしい。今みたいによく分からないタイミングで低い鐘の音が響くし、時折読経の声や昔ながらの機織りの単調な音も聞こえる。かと思えばけたたましくクラクションが鳴ったり、救急車のサイレンが響いたり、のんびりしているように見えるけれどやかましい街だ。  そんな街の片隅にあるアパートの前で、三好(みよし)(かえで)は無表情で立ち尽くしていた。 「……くそったれね」  口が汚いのには目をつぶってほしい。  思ったことはすぐ口に出してしまうタイプだし、兄二人に弟二人の男兄弟に囲まれて育ったせいで下品な物言いには慣れてしまっているのだ。舌打ちを我慢したことだけでも褒めて頂きたい。  それに、こんな状況に陥れば誰だってこうなるんじゃないだろうか。不幸は続けて起こると言うけれど、一体私が何をしたって言うんだ。  まず、今の状況を説明しよう。簡単に言うと、アパートの鍵を失くしたのだ。  今日は土曜日、会社は休み。最高だ。しかし、調子に乗って少し遠くのこじゃれたカフェにおひとり様でランチなんぞ食べに行ってしまったのが悪かった。そう、それでどこかに鍵を落としたらしい。  部屋の前でいくらバッグを漁っても、何度ポケットをひっくり返しても、どこにも鍵は見当たらなかった。まあ、落としてしまったものは仕方ない。人生で一度くらいはこういうことがあるだろう。  鍵を探すのは諦めて、スマホから大家さんに電話をする。確か、近くに住むおばあちゃんだったはずだ。とりあえず合鍵を借りて、それから鍵を交換するなり何なりすれば良い。  固定電話は繋がらなかったけれど、携帯にかけたら大家さんはすぐ電話に出てくれた。事情を説明する私に、大家さんは申し訳なさそうにこう言った。 『ごめんなさいねぇ、今日は娘の家に遊びに来てるのよ。でも、すぐに帰るから待っていてくれないかしら』  電話の向こうでは、子どもの楽しそうな声が聞こえる。おそらくお孫さんだろう。  おばあちゃん早く、と急かす声。なんて楽しそうなんだろう。うらやましい、私なんて部屋の鍵が開いたところでどうせ一人なのに。  気付けば「やっぱり今日は友達の家に泊まるので大丈夫ですぅ。明日家に入れれば困らないんでぇ」と、よそ行きの高い声で嘘をついていた。言ってしまってから後悔したが、大家さんの声が明るくなったのでもう何も言えなかった。
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