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その日、川嶋は風邪を引いていた。 体調は悪かったものの、マスク着用で全ての業務を完璧にこなし、いつも退室するときの決まり文句「本日のスケジュールはこれで全て終わりです」と告げ、明日の予定を簡単に読み上げようとしたところで、遊佐に遮られる。 「明日のスケジュールの書類はそこに置いて行けばいい。お前は明日は休みをとって、きちんと風邪を治してこい」 川嶋は、彼のボスと視線を合わせ、いえ、と断ろうとしたが。 「ダメだ、お前は明日は休みだ。業務命令として出勤は禁ずる」 そう断じられたら、もう彼にはそれ以上言葉を返すことはできなかった。 そして。 丸一日休めたおかげで、マスクなしでの出勤が可能になり、休んだブランクをきっちりこなさなければ、と気を引き締めながら出勤すると。 遊佐がマスクをして出勤してきたので驚く。 「おはようございます、先生」 いつもどおりの15度のお辞儀をし、川嶋はまず礼を述べる。 「昨日はお休みをありがとうございました」 「普段からお前がきちんと管理してくれているから、特に問題はなかった。気にするな」 「いえ、先生、私の風邪をうつしてしまったのでしょうか」 大変申し訳ありません。 腰が折れそうなほど深々とお辞儀をする川嶋に、遊佐は何故かものすごく機嫌がよさそうだ。 「いいんだ、風邪のおかげでとてもいいことがあったからな」 思い出すように、ふふっと笑う。 「もうだいぶいいんだけれども、昨日は少し咳も出ていたから、何件かの手術は延期させて貰うようお願いしておいた。後でスケジュールを調整して、なるべく早く連絡すると先方には話してあるから、後、頼む」 「かしこまりました。早急に対応致します」 自分の体調管理のミスでボスに風邪をうつし、あまつさえスケジュール変更までさせて手を煩わせることになるとは…と川嶋は猛省しながら、終わってしまったことをいくら悔やんでも時間の無駄なので、挽回すべく頭をフル回転させ始める。 「本日のスケジュールでも手術は控えますか?」 「いや、今日はもう大丈夫だろう」 だけど、と遊佐は付け加えて言った。 「しばらく、日付が変わる前には帰宅できるように時間だけ調整して欲しい」 「かしこまりました」 川嶋はきっちりと30度のお辞儀をし、すぐに仕事にとりかかる。 彼のボスはまだ機嫌よさそうに、今日こなす予定の顧客のカルテにパラパラと目を通していた。
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