それは泡沫の……

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 時間を潰そうと、スマートフォンを手に取ったけれど。ニュースサイトを開いても、SNSを眺めても、電子書籍のページをめくっても。目は文字の上を滑っていくばかりで、何一つ頭に入らない。気付くと視線はスマホと部屋の時計を行ったり来たり。一つ息をつくと、俺は諦めて立ち上がった。  戻ってきたのは……鏡の前。自分のことながら呆れてしまって、乾いた笑いが漏れ落ちた。  幾度も幾度も鏡に向かって、神経質に眺め回して。これじゃ中学生もいいところだ。思い人を待ち焦がれる少女じゃないか。まるで……恋人に会う前みたいだ。  いや、まるで、じゃないんだ。分かっている。きっと俺は……。  チャイムが鳴った。殆ど同時に、心臓が大きく跳ね上がった。  最後にざっくり、身なりを確認して。もつれそうな足を無理矢理に動かして。走るようにドアへと向かう。玄関でスリッパを脱いで、靴に足を突っ込むそのひと手間がもどかしい。鼓動よ静まれと祈りながら、ガチャリと鍵を開けた。祈ってみたけど、残念ながら神も仏もいないようだった。  震える右手でドアノブを掴む。矢鱈と重く感じるそれを、ゆっくりと引いて。そっとそっと、ドアを開いた。 「佐藤さん、こんばんは!」  大好きな人が、そこにいた。眩しいくらいの笑顔だった。
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