それは泡沫の……

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「いち、に……はい、丁度ですね! いつもありがとうございます」  用意しておいた紙幣を数えると、彼女はファスナー付きのクリアファイルに収めていく。料金は前払い、それが店の決まりだった。俺としても、そのほうがいくらかマシだ。最後に金を払ったりしたら、別れた後にどんなに気分が暗くなるかも分からないから。せめて、これは最初に済ませておきたかった。  それでも、このやりとりは楽しいものじゃない。店に確認の電話をかける彼女を見ていたくなくて、俺は紙袋の中身を確かめた。何度も確かめた通りのものが、しっかり欲しい数だけ入っていた。 「電話、終わりました! あ、それって……もしかして……」  こちらを向いた彼女は、ぱっと目を見開いた。そんな反応に思わず笑顔が浮かぶ。今度はちゃんと、偽物じゃなかった。 「うん、お土産。今日はチーズタルトだよ」  その一言で、彼女の顔がふわりと綻ぶ。さらさらとした茶色の髪が、笑みに合わせて微かに揺れた。 「あ、ありがとうございます……! もしかして、その……」 「うん。この前、チーズも好きだって言ってたから」  今度は両手で口元を押さえた。息を飲む音すら聞こえてきそうだった。 「覚えててくれたんですね、嬉しい……! いつもいつも、本当にありがとうございます……!」  深々と頭を下げる彼女を目の当たりにしたら。嬉しさと同時に、なんだか気恥ずかしさがこみ上げてきて。 「そ、そこまで大層なことはしてないって……さ、食べよう?」  俺は頬を掻きながら、ついついそんな風に誤魔化してしまった。
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