プランシー

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「嘘…」 プランシーはしばらく呆然と黙ってからゆっくりとこちらを振り返る。 「…こんなのどこで、見つけたの」 「こいつは電球のバーで」 「バー!?ならマスターが穏便につまみだそうとしたんじゃないの?それをどうして連れてくることになるの。ねえ」 詰め寄るプランシーの言葉の合間に当の本人のいびきが聞こえる。 彼女の眉間には珍しく不愉快そうなシワが寄っている。 「この人、私の時代の人間よ。しかもスーツ、年齢から見ても会社務めの一般人じゃない。昔の人じゃないんだから勝手に連れてきたら失踪者になるでしょ。人外の世界を知ってたの?きちんと話しをして連れてきたわけ?」 「話はした。うちで働くと言っ」 「素面で?」 「いや」 またプランシーはむ、と黙り込む。どんな突飛な話や残酷な話も笑って聞く女だと思っていが、こんなことで怒るのは意外だった。ややあって彼女は地を這うような声で「…いくら」と囁く。は、と聞き返すとその眦がつり上がった。 「いくらで買えるのその人間は。私が買って元いた場所に帰す。無知で力の弱い者を全く違う文化に無理矢理取り込むのはね、死なせるのと同じようなもんなの。とくにこの店に出入りするのは物騒な生き物ばっかじゃない!」 「なんでそんなに怒るんだ。買い物がないなら騒いでないで帰れ」 「あんたは人間のことをわかってない!!」 苛立った歩調で歩いてきたかと思うと、プランシーの両手がカウンターを叩いた。 「あんたは、自分が何をしたか、わかってない!!」 とても反らせそうにない強い眼差しが俺を突き刺している。 「俺が怪物だから、ってことか」 「そうじゃない!」 「こいつは職もなく呑んだくれてたところを俺が拾った。名前もつけたし、この店の営業には人間の店員が必要だ。そうでなければお前は明朝営業を使えなくなる。こいつがいなくて困るのはお前だろ」 「あんたがわかってないことは!人が違う世界に足を踏み入れることがどれだけ大きな出来事かってこと、よほど幸運でなきゃ完全に不幸な出来事ってこと。あんたみたいに最初からここの住人のヒトにはわからない。望んで足を入れた私でも今でさえ生きていくのが難しいのにこんなヒョロヒョロしたただの人間なんの役に立つの!!」 最後の方はただの悪口の気もするが。こちらに足を踏み入れることが、どういう意味を持つか。ずっと昔のことではあるが、身に覚えがないわけではない。ただ苦労をしたかというと、誇張ではなくおそらく苦労するには自分には才能がありすぎた気もする。 要はプランシーはカモシカに自分の境遇を重ねているのだろう。毛布を剥がれたカモシカが「んん…」と身じろいだ。 「朝…か」目も開かずにカモシカがしゃがれ声をだす。プランシーがハッとした顔でそちらを見た。 「おはようさん。人間」 俺は声をかけ口の端を曲げた。
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